遺跡調査公開に行く 『上牧遺跡』 ~歴史ロマンあふれるひと時を堪能しました~
こんにちは、らくたろうです。
今日はゆーたんのリクエストで『上牧遺跡』の調査公開に行ってきました。
ここは、高速自動車道国道近畿自動車道名古屋神戸線(新名神)の建設予定地で工事の前に発掘調査が行われています。
この地域は、すぐ山側に安満宮山古墳があり、逆側には淀川が流れています。
安満山古墳では日本で初めて方格規矩四神鏡と三角縁神獣鏡などが一緒に出土しています。魏志倭人伝で卑弥呼に金印と共に送られた銅貨百枚の一部であるとされており、歴史深い場所でもあります。
以前より隣接する『井尻遺跡』ではもともと鎌倉・室町時代の遺跡が発掘されていましたが、今回『上牧遺跡』ではさらに古く、古墳時代初頭(3世紀前半)から後期(6世紀前半)の集落跡が見つかったと発表され、それに伴い古墳時代の成果を中心に発掘調査現場を公開されました。
もっとほのぼのとしたものを予想していたのですが、遺跡マニアさん達が集まり結構な賑わいになっています。
13:00より調査報告が行われました。
こんな淀川が氾濫すれば一瞬で水没しそうな土地に、300年もの間集落が存在していたなんて思いもよりませんでした。
北側にある西国街道でも寺社は高台にあり歴史的に公害対策を視野に入れて建設されていると感心したものです。
それが、堤防のない時代何本もの支流が流れていた淀川の中州でもおかしくない場所に住み続けた理由とは???
現在でも、東海道新幹線・JR・阪急が並走し、名神高速道路も通っている交通の要所なのですが、当時から交通が発達していたということでしょうか???
安満宮古墳群が建設されていることもあり、その財力と権力を維持できた勢力がこの土地に存在していたはずですが、詳しいことは分かっていません。
なんという歴史ロマンでしょうか。
でも、確かにここには人が生活していた跡が残っており、そこから古墳時代の壺などが発掘されています。
説明の後は、発掘現場を見て回ります。
各所に研究員の方々がおられ、説明をしておられます。
井戸の跡です。
墓地の跡です。
隣の住居と30mほどしか離れていないのが驚きです。
しかし、埋葬されたお骨などは発掘されていないそうです。
ここは、ゴミ捨て場所であったと説明がありました。
台上になっているのは、陶器の破片などが見つかった場所はそのままの高さに残して掘り進んでいるのと説明がありました。
ここは祭りなどで使った陶器などを処分した場所ではないかと考えられています。
陶器類がまとまって発掘されています。
住居跡です。
結構狭いですね。
ワンルームマンション程度の広さです。
真ん中に炉の跡があります。このスタイルは日本古来の方式で、大陸から渡来してきた人たちにより釜土が伝わり広まっていったそうです。
この辺りのこの時代はまだ釜土が伝播していないこともわかります。
昨日の雨で表層が濡れてしまい色のコントラストが分かりにくくなっていますが、本来なら炉の跡や水路の跡が色の差によってよく分かるそうです。
まだまだ発掘調査途中なので、掘れていない箇所がありそれも新鮮でした。
それと同時に、のちの世代に新たに掘られた溝の跡などもありその差がよく分かるのもだと感心したりもしました。
発掘された土器なども展示されていました。
結構薄く繊細な感じで、この時代によく精巧な陶器が作成できたものだと感心しました。
公開は13:00から15:00まででしたが、早々に撤退します。
まだまだ来場される方もおられました。
想像以上に注目されている遺跡であることを認識させられました。
こんな貴重な遺跡が工事によってなくなってしまうのは勿体ないような気がします。
でも、新名神にも期待するところも多く文化が発達していくことはそういう遺跡さえも踏み越えていかなければならないのでしょうね。
複雑な気持ちで遺跡を後にしました。。。